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2003年3月 第2号

「水墨画の未来を訪ねる旅」連載にあたって。

先月、開設した子青氏の「水墨画通信NO.1」は大好評でした。今回からは斬新 な思考フィルターを通して、子青氏が「水墨の未来」についてあなたに語りかけま す。上海生まれの少年が日本の美術と水墨画に抱いた熱い眼差しと想い。それを 成就するために20才にして来日、研鑽を重ねた10年間。世界の美術史を俯瞰 する広い視野。絵画に対する真摯な眼差。対象を捉える鋭い洞察力と描写力。豊 かな人間性など。卓越した見識と技術を集積したいまの彼には、目差すべき水墨 画の新しい地平が、ようやく形を整えて見えてきたようです。明治以来百数十年、 自国の伝統芸術を省みることなく、西洋化と近代化の道をがむしゃらに走ってき た私たちに、原点に帰ることの大切さを、自分に言聞かせるように子青氏は語り かけます。この連載が水墨画に対する皆様の興味を増幅させる一助となり、日中 の文化交流の小さな架け橋になることを願い、ご愛読を乞う次第です。

「水墨画の未来を訪ねる旅」(第1回)・・・子青(文)

水墨画の前途に広がる肥沃な大地。
私が日本画を修行していることは、前回、すでにお話しいたしました。ついでに、 私の目指す最終ゴールは日本画と中国画の融合にあることもお話しいたしました。 中国画は墨を主体に。日本画は絵具を主体にして。長い年月をかけ、それぞれが 美の世界を創り出してきましたが、水墨画の衰退が著しい今日、もう一度、その 魅力を蘇生させるために、私はこれからの人生を賭けて頑張って行く決意を固め ました。水墨画には未だに開拓の鋤や鍬が入っていない沃野が広がり、耕せば耕 すほど、豊かな実りを約束しているように私には思えます。私の目差す水墨画の 世界とはどんなものか。この連載を通して少しずつ皆様にお話しして行きたいと 思います。拙い文章で、しかも時折、脱線するかも知れませんがお許しください。 月並みですが、定石通りに「水墨画の定義」から始めることにしましょう。

日本の水墨画を定義するのは、なかなか難しい。
中国生まれの私には、日本語で水墨画を一言で定義づける「適格な言葉」を持ち 合わせておりませんが、墨で描いたすべての絵が水墨画ではないことは、皆様も ご存知でいらっしゃいますね。たとえば、古代の仏画の粉本や工芸図案集には墨 一色の線で描かれた絵が数多くありますが、それらは「線画」あるいは「墨絵」 と呼ばれ、水墨画とは一線を画した絵として扱われています。一般に、日本で水 墨画と呼ばれる絵は、画仙紙(または絹布)を用い、その上に、墨の滲みや濃淡 などの変化(効果)を付けながら、対象を省略的な手法で描き出す絵を指し ます。色彩に頼らずに墨と水の混合だけで描き上げる絵画といってもよいでしょ う。しかし、水墨に少し色彩を加えると今度は淡彩画に。さらに絵具が岩絵具に なると、その絵は日本画と呼んでもおかしくはありません。こうして類別してく ると、日本における水墨画は意外に複雑かつ微妙な領域にあることが理解できま す。一方、現代の中国では、墨を主体にしたあらゆる伝統絵画技法を「中国画」 と総称し、傘下に水墨画・線画・淡彩画を包含して、明快な秩序を保っています。

水墨画の創作と鑑賞の楽しみが、痩せ細ってきたワケ。
現在、日本で水墨画といえば、古風な山水画、花鳥風月、あるいは達磨などを図 柄にした禅画を指し、創作および鑑賞の幅が狭くなる傾向にあります。その原因 には、現代社会の精神性の貧しさが挙げられましょう。それ以外にも、中国の水 墨画から、日本の自然風土に一番近いやわらかい画風で、「自然の持つ優しい一 面」を表現した南宋以後の文人画や、精神性を主体にした禅画などを好んで受け 入れ、そこに水墨画の概念を定着してきた日本人の気風や美意識にも、原因が求 められます。喩えが適切でないかもしれませんが、現在、日本でいうところの「 中華料理」は、実は中国においては広東地方の一料理に過ぎません。日本人の舌 に合うやわらかい風味が広く受け入れられて、いまでは中国料理の総称を担って いますが、本来の中国料理はもっと多種多様です。この現象は水墨の世界にも暗 合するのではないかと、ひそかに私は考えています。
   
洋の東西・時の壁を超えて、水墨画は存在する。
黒と白、灰色で自然のすべての色と形を捉え、水と墨で無限に自由な表現ができ る水墨画の特質は、水墨画の魅力の原点でもあります。多元的で広い表現性を持 つ水墨画の延長には、他の様々な芸術表現が連接して広がっています。そこに共 通の魅力を探り、作品のなかに大胆に取り入れることが、これからの水墨画の楽 しみになるのではないかと思います。時には従来の水墨画を擱(お)いておき、 他のアートのなかに「水墨」を発見することも、大切な試みではないでしょうか。 たとえば、洋画のターナー(*1)やレンブラント(*2)などのスケッチには、 自然の大気を見事に捉えた「水墨画」といえるものが数多くあります。また、現 代の作家ジャクソン・ポロック(*3)の作品も水墨画の「發墨」(*4)の技法 にとてもよく似ています。絵画以外にも、写真、現代彫刻、書道などの作品に「 水墨の意境」を感じさせるものが多々あります。

▲レンブラント作

▲祝昌作

▲ターナー作

▲李世卓作

自由闊達。水墨画の世界に遊んだ先覚者「鉄斎」。
富岡鉄斎(*5)は、晩年に「自分の絵には師承がない」としばしば語ったそうで す。師承がないということは、裏返せば「師は随所にいる」という意味にもとれま す。森羅万象に師を求め、吸収できるものはすべて我が物とし、水と墨だけで創 る自由闊達な世界に遊んだ鉄斎の姿勢に、私は水墨画の未来を見ます。狭い 視野に捉われない自由な精神こそ、水墨を蘇生させるための第一歩だと思います が、皆様のお考えは如何でしょうか。

▲富岡鉄斎作

*1ターナー:水彩風景画に優れたイギリスの画家。当初、古典主義の影響を受 けたが、後にロマン主義に転じた。輝かしい色彩表現によって印象派の先覚者の 一人となった。(1775〜1851)
*2レンブラント:肖像画家として名声を博したオランダの画家。色調と明暗の 配合に優れた手腕を発揮。特に光線の扱い方は独特の効果をもつ。「解剖教授」「 夜警」「自画像」などの有名作のほか、多くのエッチングを残す。(1606〜16 69)
*3ジャクソン・ポロック:アメリカの画家。抽象表現主義の代表者の一人(1 912〜1956)
*4溌墨:水墨山水画法の一つ。墨汁を十分に含ませた筆を勢いよく動かし、奔 放で溌剌とした気を画面に吐露するもの。
*5富岡鉄斎:京都生まれの南画家。幼少時代に国学を学び、儒学・詩文・仏典 を修め、維新後に神社の宮司になる。大和絵から南画に進み、高逸な画風で新生 面を開いた。(1836〜1924)



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