「わたしの狛犬探訪記3」……………稲神壽志(版画&文)
「お天気の神様」を祀った珍しい神社に巡り合った。
平成十一年四月、春の陽を浴び、中央線高円寺駅南側にある杉並区唯一の氷川
神社「高円寺氷川神社」の境内に立つ。ごく自然に本殿前の狛犬(版画@/写真A)
が目に飛び込んで来た。本殿脇の境内社にも、もう一対(版画A/写真B)あり、
こちらは二匹ともお手をするように前肢を上げ、人待ち顔で手を差し出している。
(普通は手の下には毬か仔犬がいるものだが…)思わずつられてこちらも手を出
してしまった。ここは小社が四つあり、一つは「気象神社」と言う珍しい神社で、
祭神は八意思兼命(知恵の神)と記されている。戦後、旧陸軍気象部より遷座さ
れた謂れをもつ社は、平たく言えば「お天気の神様を祀った神社」ということに
なる。

絶好調!!三社訪ねて、早くも七対のコマイヌさんにご対面。
ここから環七通りを南下、途中を右折し堀之内の熊野神社(写真C)に詣でる。
ここでも二対の狛犬が待っており、参道の狛犬は約70センチ(版画B)。本殿前
はいささか小振りで40センチほど(版画C)の狛犬だった。さらに南下して和泉
熊野神社へ。ここには、なんと三対もの狛犬がいた!!予期せぬ大歓迎に、思わずバ
ンザイ。まずは石段を登りきった所にいる、ちんまりした参道狛犬(版画D)に
ご挨拶。次いで本殿の狛犬(版画E)に対面。こちらは一回り大きく、いかつい
顔をしている。三番目の狛犬(版画F)は境内社の前に鎮座。身体の巻き毛も少
なく、ダイエットに成功したのか、スリムな体つきである。
お天気の神様の次は「水神様」。ついでに神社の位をお勉強。
和泉熊野神社のごく近く、左手にある貴船神社にはあいにく狛犬は不在。当社
は雨乞いの神様で、境内には水涸れを知らないと伝えられる小池があるが、都市
開発の波に囲まれ、早晩、水涸れを起こすのではないかと心配になる。開発行為
が神域まで及んできたご時世を嘆かずにはいられない。和泉熊野神社の和泉の二
字は、境外末社の貴船神社の泉(和泉)から採ったものと言われる。境外末社な
どという聞き慣れない言葉が出たついでに、神社の知識に触れておこう。一般に、
本社の祭神と縁の深い神様を祀った神社を摂社といい、本社の境内に社を構えて
いる摂社を境内摂社。外に構えている場合を境外摂社という。さらに、本社に付
属した小社を末社と称し、境内にある末社を境内末社。外にある場合を境外末社
と呼び分類している。ことほど左様に神様や神社にははっきりとした上下関係が
あり、立派な階級社会を構成している。そういうわけで、貴船神社は和泉熊野神
社の境外末社なワケである。
江戸・東京の狛犬は総じて若い。だから230才の高齢に感激。
今度は足を西へ向け大宮八幡宮(写真D)、別名・和田八幡へ出る。本殿前に
狛犬(版画G)が見える。なぜか私は少年時代から「八幡様には必ず狛犬がいる
もの」と思い込んできた。七十才を過ぎた今でも、固定観念はリセットできず、
八幡様に狛犬がいないとなると、とたんに不安になる。幸い、赤い涎掛けをした
狛犬(版画H)が境内摂社の御嶽榛名神社の前にいた。明和八年(1771年)の
作と記されているから、232年前の古い狛犬である。先ほど訪ねた堀之内熊野神
社の犬が享和元年(1801年)の造立だから、今日は立て続けに年代モノの狛犬
に会ったことになる。二百年以上も生き長らえた狛犬は、東京ではレアものの部
類に入る。ちなみに長寿タイトルは目黒不動の狛犬が保持しており、承応三年(
1654年)生まれの349才と言われている(日本参道狛犬研究会ホーム頁)。
東京の狛犬年齢が若い理由を、つらつら考えてみる。
東京最古の狛犬といえども、日本(関西)最古の狛犬の860才と比べれば、
どうしょうもなく若輩だ。家康による江戸開府が慶長八年(1603年)。それ以
前の江戸といえば茫々たる大原野。由緒正しい神社もなく、当然、狛犬もいなか
っただろう。この時期に作られた狛犬があったとしても、300年間に打ち続い
た大地震と江戸の大火。大正時代の関東大震災、さらに戦前の東京大空襲など、
幾多の悲惨を生き長らえた狛犬は、ほんの数えるほどであろう。などと考えてい
るうちにゴールの成宗白山神社(写真E)に到着。十番目の狛犬(版画I)に対
面したところで、本日の「杉並区狛犬探訪」はハッピーエンド。「人も歩けば犬
に当る(?)」うれしい一日に乾杯!!

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