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=2003年3月号=

 「わたしの狛犬探訪記3」……………稲神壽志(版画&文)


 「お天気の神様」を祀った珍しい神社に巡り合った。

 平成十一年四月、春の陽を浴び、中央線高円寺駅南側にある杉並区唯一の氷川 神社「高円寺氷川神社」の境内に立つ。ごく自然に本殿前の狛犬(版画@/写真A) が目に飛び込んで来た。本殿脇の境内社にも、もう一対(版画A/写真B)あり、 こちらは二匹ともお手をするように前肢を上げ、人待ち顔で手を差し出している。 (普通は手の下には毬か仔犬がいるものだが…)思わずつられてこちらも手を出 してしまった。ここは小社が四つあり、一つは「気象神社」と言う珍しい神社で、 祭神は八意思兼命(知恵の神)と記されている。戦後、旧陸軍気象部より遷座さ れた謂れをもつ社は、平たく言えば「お天気の神様を祀った神社」ということに なる。


 絶好調!!三社訪ねて、早くも七対のコマイヌさんにご対面。

ここから環七通りを南下、途中を右折し堀之内の熊野神社(写真C)に詣でる。 ここでも二対の狛犬が待っており、参道の狛犬は約70センチ(版画B)。本殿前 はいささか小振りで40センチほど(版画C)の狛犬だった。さらに南下して和泉 熊野神社へ。ここには、なんと三対もの狛犬がいた!!予期せぬ大歓迎に、思わずバ ンザイ。まずは石段を登りきった所にいる、ちんまりした参道狛犬(版画D)に ご挨拶。次いで本殿の狛犬(版画E)に対面。こちらは一回り大きく、いかつい 顔をしている。三番目の狛犬(版画F)は境内社の前に鎮座。身体の巻き毛も少 なく、ダイエットに成功したのか、スリムな体つきである。


 お天気の神様の次は「水神様」。ついでに神社の位をお勉強。

和泉熊野神社のごく近く、左手にある貴船神社にはあいにく狛犬は不在。当社 は雨乞いの神様で、境内には水涸れを知らないと伝えられる小池があるが、都市 開発の波に囲まれ、早晩、水涸れを起こすのではないかと心配になる。開発行為 が神域まで及んできたご時世を嘆かずにはいられない。和泉熊野神社の和泉の二 字は、境外末社の貴船神社の泉(和泉)から採ったものと言われる。境外末社な どという聞き慣れない言葉が出たついでに、神社の知識に触れておこう。一般に、 本社の祭神と縁の深い神様を祀った神社を摂社といい、本社の境内に社を構えて いる摂社を境内摂社。外に構えている場合を境外摂社という。さらに、本社に付 属した小社を末社と称し、境内にある末社を境内末社。外にある場合を境外末社 と呼び分類している。ことほど左様に神様や神社にははっきりとした上下関係が あり、立派な階級社会を構成している。そういうわけで、貴船神社は和泉熊野神 社の境外末社なワケである。


 江戸・東京の狛犬は総じて若い。だから230才の高齢に感激。

今度は足を西へ向け大宮八幡宮(写真D)、別名・和田八幡へ出る。本殿前に 狛犬(版画G)が見える。なぜか私は少年時代から「八幡様には必ず狛犬がいる もの」と思い込んできた。七十才を過ぎた今でも、固定観念はリセットできず、 八幡様に狛犬がいないとなると、とたんに不安になる。幸い、赤い涎掛けをした 狛犬(版画H)が境内摂社の御嶽榛名神社の前にいた。明和八年(1771年)の 作と記されているから、232年前の古い狛犬である。先ほど訪ねた堀之内熊野神 社の犬が享和元年(1801年)の造立だから、今日は立て続けに年代モノの狛犬 に会ったことになる。二百年以上も生き長らえた狛犬は、東京ではレアものの部 類に入る。ちなみに長寿タイトルは目黒不動の狛犬が保持しており、承応三年( 1654年)生まれの349才と言われている(日本参道狛犬研究会ホーム頁)。


 東京の狛犬年齢が若い理由を、つらつら考えてみる。

東京最古の狛犬といえども、日本(関西)最古の狛犬の860才と比べれば、 どうしょうもなく若輩だ。家康による江戸開府が慶長八年(1603年)。それ以 前の江戸といえば茫々たる大原野。由緒正しい神社もなく、当然、狛犬もいなか っただろう。この時期に作られた狛犬があったとしても、300年間に打ち続い た大地震と江戸の大火。大正時代の関東大震災、さらに戦前の東京大空襲など、 幾多の悲惨を生き長らえた狛犬は、ほんの数えるほどであろう。などと考えてい るうちにゴールの成宗白山神社(写真E)に到着。十番目の狛犬(版画I)に対 面したところで、本日の「杉並区狛犬探訪」はハッピーエンド。「人も歩けば犬 に当る(?)」うれしい一日に乾杯!!


 今月のゲストは「日本最古、石造狛犬の版画」。

 なんと8O7才。東大寺南大門に鎮座する日本最古の長寿狛犬

現存する日本最古の石造狛犬は、奈良県・東大寺南大門にある。大陸から伝来 した、宗風のこの狛犬は源頼朝が鎌倉幕府を開いた四年後の建久七年(1196年) の作で、今年807才のご高齢である。前肢を踏ん張り、口を開け、顔をグッと 持ち上げた威厳を感じさせる犬だ。これとは別に、毬をもてあそび、あるいは仔 獅子と戯れている石造りの狛犬が京都府・由岐神社、福岡県・宗像神社などにあ る。これらの狛犬は東大寺のそれと違い、大陸風の衣を脱いだ和風の狛犬といわ れ、今日まで続く日本狛犬の基本(ルーツ)をなす造形であるといわれる。

 狛犬文化は西高東低。長寿くらべでも440才の開きが。

狛犬というと、大多数の人が石造を思い浮かべるに違いない。事実、それを裏 づけるように石造りが圧倒的に多い。そこで多数派の狛犬に敬意を表し、今月の ゲストには石造狛犬の元祖・東大寺南大門の狛犬(図版@/版画J)をお迎えし た次第。まずは稲神式版画をとくとご覧あれ。中国では秦漢の時代から建造物や 墳墓の前に獅子形を立てる風習があったというが、南大門の狛犬には大陸産を思 わせるに十分な面影が残されている。また唐獅子、狛犬、または獅子狛犬などと いう呼称も中国渡来の獅子、あるいは高麗(朝鮮)の犬という意味であろう。 日本(関西)最古の狛犬をご紹介したついでに、関東最古の石造狛犬はというと、 これが寛永三年(1636年)生まれの日光東照宮の参道狛犬で、今年367才と いうから、東大寺のそれと比べると440才も若く、圧倒的にToo Yongだ。

 書物に記されている狛犬の伝来は1500年も前のこと。

では木造最古の狛犬はというと、これが石造狛犬を遡ること50年。平安後期 の康治元年(1142年)作の奈良県薬師寺の狛犬と言われているが、滋賀県大宝 神社の狛犬とする説もある。他に京都府の八坂神社、高山寺の狛犬も鎌倉初期の 木造狛犬として有名だ。遺品として現存していないが、日本へ狛犬が伝来したの はもっと古く、大化前代(6〜7世紀)と言われる。とすれば狛犬は有史以来、 日本史とともに齢を重ねて来たことになる。「禁秘抄」には宮中(清涼殿)に置 かれ、玉座の御帖(ミチョウ)、門扉、几帳(キチョウ)、屏風などの揺れを止め る鎮子(チンシ)として左に獅子、右に狛犬が置かれたとある。また、当時の狛 犬は頭に一角を生やしていたと言われる。神社の警護役や装飾物として内陣から 外陣、門前・鳥居付近に据えられ、寺院にも用いられるようになった。風雨に晒 される機会が多くなるにつれ、木造から石造へ移り変って行く。一角の狛犬と言 えば、新宿の穴八幡宮境内で写し取った狛犬(写真F/G)と版画(K)をご覧い ただこう。228年前の宝暦五年(1775年)造られたもので、東京の狛犬の 中では、一角の存在とともに高齢においても珍重されるべき犬である。

 関東最古の狛犬は家康ゆかりの東照宮にあった。

話を関東最古の狛犬に戻そう。家康の江戸開府は慶長八年(1603年)で、そ れ以前の江戸は未開の地。京・大阪から江戸への旅は、古くは伊勢物語や更科日 記の時代から「東下り」と呼ばれ、難渋を極めた旅だったらしい。家康もまた征 夷大将軍の名のもと、東下りを余儀なくされた人間。発奮して世界の大都市・江 戸を開き、徳川三百年の礎を築いた大人物である。開府から33年後の寛永十三 年(1636年)、家光の手で建設された日光東照宮の参道に置かれた狛犬が、な にを言おう関東最古の狛犬である。「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿でお なじみの陽明門にも狛犬像が多数刻まれ、狛犬と徳川氏の浅からぬ縁を語ってい る。以上、駆け足で日本の狛犬ヒストリーをたずねて来たが、本日のお勉強もこ れにてThe End。



下記の狛犬の画像は無料でダウンロードして頂けます。

※画像をクリックすると画像が大きく表示されますので、お使いのブラウザでファイル保存して頂く必要があります。

高円寺氷川神社本殿
(杉並区高円寺南 )
昭和六年(1931年) 石工/村山松二郎
高円寺氷川神社境内社・気象神社
(杉並区高円寺南)
明治十年(1877年) 石工/不詳
堀之内熊野神社参道
(杉並区堀之内)
大正三年(1924年) 石工/中野西町・石徳
堀之内熊野神社本殿
(杉並区堀之内)
享和元年(1801年) 石工/不詳
和泉熊野神社参道
(杉並区和泉)
明治四年(1871年) 石工/不詳
和泉熊野神社本殿
(杉並区和泉)
昭和十一年(1936年) 石工/山田栄太郎・若色喜久治刻
和泉熊野神社境内社
(杉並区和泉)
年/不詳  石工/不詳
大宮八幡宮本殿
(杉並区大宮)
昭和十年(1935年) 石工/中野慶吉・田中松山堂刻
大宮八幡宮境内社・御嶽榛名神社
(杉並区大宮)
明和八年(1771年) 石工/不詳
成宗白山神社
(杉並区成田東)
昭和六年(1931年) 石工/馬橋石吉
東大寺南大門の「日本国最古の石造狛犬」
(奈良県)
造立/建久七年(1196年) 石工/不詳
穴八幡宮の「一角狛犬」
(新宿区西早稲田)
造立/宝暦五年(1755年) 石工/不詳

★☆【狛犬通信】既刊号☆★
『2003年1月(創刊号)』 『2003年2月号』



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