「わたしの狛犬探訪記2」……………稲神壽志(文)
初夏の風に誘われて、コマイヌサン、コマイヌサン。
平成十二年五月末、ちょっぴり強い日差しの中、薫風を背に受
け、中野区・野方の妻恋(稲荷)神社をめざし、歩を速める。ロ
マンチックな社名に惹かれ、前々から訪ねてみたかった神社だ。
はたして、狛犬は待っているだろうか。もとより、すべての神社
に狛犬が居るとは限らない。ここは大丈夫だろうと自信をもって
出かけてみると、案に相違して不在。無理かなと思われた小社で
思わぬ狛犬に出会ったり。「狛犬探訪の王道は無駄を承知で、地図
上の鳥居マークを塗りつぶすように訪ね歩くことにあり」。毎回、
わが身に言い聞かせて家を出るのだが…。
ああ、端から狛犬さん不在。オチコマナイ、オチコマナイ。
妻恋神社はその昔、日本武尊が弟橘媛(オトタチバナヒメ)を
伴った東征の折、海神の怒りを買い暴風雨に見舞われた。その時、
姫が海上に一身を投げ出して一行の危機を救った、といわれる伝
説に基づき、二神を祀ったのが起こりだといわれる。多分、文京
区湯島の妻恋神社の分れなのだろう。その後、稲荷明神(祭神:
倉稲御魂神/ウガノミタマノカミ)を合祀したため、境内には狐
の岩屋がある。江戸の昔には妻恋稲荷と親しまれ、王子稲荷と並
び殷賑をきわめた古社だそうだが、肝心の狛犬はゼロ。期待が大
きかっただけに、失望も大きい。
気持ちを入れ替え江古田の氷川神社へ。二対の狛犬が参道に並
び迎えてくれる。落ち込んだ心がパッと明るくなる。奥に座わっ
ている犬は、巷間伝えるところによれば、弘化四年(1847年)
の作とか。右側の犬が牡丹の花の上に前脚を乗せている(版画@)。
粋な"唐獅子牡丹"にお目通りがかない、悦に入りながら撮影を終
わる。次いで新宿は西落合の葛谷御霊神社の犬(版画A)に会い、そ
の脚で中井の御霊神社へ。いるいる!!参道の溶岩の台座の上(版画B)
と奥の本殿前に(版画C)。行く先々で犬に会える幸せに感謝。イイコ
・イイコして辞去する。
婦唱夫随。子育てに励む「専業主夫・狛犬」を探す。
沼袋駅近くの氷川神社(写真A)では、珍しい"子育て犬"が待って
いた。社記によると、三回撫でるとお産が軽くなるとある。ご婦
人にはありがたい狛犬で、"撫で犬"と呼ばれている。向かって右
の犬がまつわりつく仔犬を優しくあやし(版画D)、左が鞠の上に前
脚(手)を乗せている。一般に右が雄、左が雌とされ、仔連れの
犬は雌と相場が決まっているが、ここは反対で、仔育ては雄が担
っている。近頃、人間社会でも夫婦の立場が入れ替わり、妻が外
で働き、夫は家事・育児というケースが少なからずあって、専業
主夫なる新語も生まれた。婦唱夫随のニューファミリーを想わせ
る狛犬であった。
子育にいそしむ男親の姿に見入る。乳を含ませる父に驚く!!
女性の時代に敬意を表し、急遽、探訪テーマを"子育て犬"に絞
った私の脚は、あっちヘテクテク、こっちにテクテク。道すがら、
高円寺・天祖神社の犬を思い出し、再度訪ねることにした。
仔犬が男親の口のあたりをなめて甘えている姿(版画E)に思わず見
とれてしまう。同様のものが新宿の稲荷鬼王神社にもあったが、
生憎と未刻のため、写真(写真B)でご容赦いただきたい。
翌週、男親の背中に仔犬が乗っている愛らしい像を杉並区の天
沼八幡神社(版画F)と、同じく妙法寺の二三夜堂(版画G)で発見!!
さらに中野の打越天神では、男親の背中に仔犬がよじ登ろうとし
ている情愛豊かな親子像(版画H)に出会い、顔がほころんでしまっ
た。「これはスゴイ!!」と一驚させられた犬が、中野の本郷氷川神
社(版画I/写真C)と文京区春日の北野神社(牛天神)に居た(版画J/写真D)。
なんと右側の犬(一般には雄)が仔犬に乳を含ませているではな
いか。きっと、マンネリを嫌った当時の奉納者か石工が、粋な
遊び心を働かせ、このユニークな狛犬を造ったに違いない。
さまざまの狛犬に接し、不思議に触れる。
平凡な仔連れであるが、座っている方向が普通でないので紹介
しておきたい犬が居る。三鷹市上連雀の神明社(写真E)に住む親子
(版画K)がそれである。
普通、狛犬は社殿とともに東ないし南を向
いているものだが、ここはいずれも北を向いている。確か、札幌
の北海道神宮が北面だったように記憶しているが、これにはワケ
があって、明治の初め、南下政策をとるロシア勢に対抗した北海
道開拓史が北方警護の神を祀るため、北面を意識して建立された
と聞いている。ならば、神明社のそれにもワケがあるはず。北の
空を見つめて佇んでいる犬に問いかけてみたが…。
狛犬には狛犬の数だけドラマが隠されている。
閑話休題。ところで狛犬の製作を依頼する際、形やデザインは
誰が決めたのだろうか。また、当時の石屋には狛犬カタログや見
本帳の如きモノが用意されていたのだろうか。仔犬に授乳してい
る男親の姿にギョッとさせられたり、北を向いた狛犬の不思議に
小首を傾げたり、思わず笑みがこぼれるような可愛い狛犬に出会
ったり。特色のある犬に出会うたびに、犬の前に座り込んでは眺
め、廻り込んではのぞき込み。次々と新しい狛犬を尋ね歩く。行
く先々で会う狛犬には、犬の数だけドラマが隠されているように
思う。
ちょっぴりアカデミックに。阿吽の謂れについてお勉強。
ここで少し狛犬について勉強してみよう。普通、向かって右側
に座っているのが阿像の雄で、一般的に口を開き、中には鞠をく
わえているのも居る。左の吽像は雌で口を結んでいる。こうして
みてくると、阿吽の二字は犬の口の開閉に深く関わっているよう
に思えてくる。とすれば「阿」は「吽」と同様、口編の「呵」が
正しいのではなかろうか?!ちょっぴり気負って書物を紐解いてみ
たが、やっぱり「阿」が正解だった。浅学を恥じるばかりだ。
読み進んでゆくと、「阿吽は梵字の音訳で、阿は口を開いて出す
最初の音。吽は口を閉じて出す最後の音」とある。このことから、
「阿」は梵語の第一字母(最初の母音)の音訳「阿」が正しく、
カタカナの「ア」は阿の編の略体であることが判った。ちなみに
密教では「阿は万物の原因(理)、吽はその結果(智)を示す」と
あった。なお、寺社の山門、境内に置かれている仁王や獅子像も
狛犬と同様に阿吽を表し、最古の狛犬は東大寺の南大門にあるそ
うだ。では、今日のお勉強はこれにて「吽」。
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