あけましておめでとうございます。で、皆様、初詣はお済ませになり ましたか。2003年の年頭のご挨拶はお正月にふわしい<狛犬便り>で 始まります。初詣の折、あなたも神社の参道、境内、神殿前に鎮座した 狛犬の姿を、必ず目にされたと思いますが、如何。初詣に行かれた方も、 未だの方にも、否オール日本人のために。今日は、時宣にかなった狛犬に スポットライトを当て、日本でただ一人(多分)の狛犬の版画作家にご登 場願いました。稲神壽志氏72歳。神州広しといえども、めったにお目に かかれない狛犬の版画作家でいらっしゃる。
世に天才・鬼才、元祖に開祖、宗匠・家元、巨匠に大家、名人・上手、奇 人・変人などあまたあれど、狛犬の版画作家はこの人をおいて右に出る人 は無さそうである。この数年間、寝食忘れて彫った狛犬153匹(点)。 撮影した数は300匹と言うから、差し引き150匹が版画になる日を待っ ている計算。撮って彫って刷る、刷って撮って彫る。追いつ追われつの版 画制作は、あるときは至福を恵み、あるときは苦行を強いる文字通りのライフワークである。 「彫らない日が続くと、イライラが高じてくる。我ながら立派な狛犬症候群に罹ってしまって」。 道を究めた人だけが見せる、さわやかな笑顔がなんとも印象的な稲神さんだ。
昨今、ネット上でも狛犬談義が華やかに交わされ、それぞれに薀蓄(う んちく)を傾けた狛犬サイトが勢ぞろい。世の中、ちょっとした狛犬ブ ームだそうだ。そこで当サイトも負けずに、本邦初見参の稲神版画の狛 犬を月々10数匹(点)、作家自身の小文を添えて一年がかりで紹介して ゆきます。連載途上、遂次、新しい狛犬(版画)が生まれ、一年後には 200匹に増殖している理。200匹になったら、一枚のCD-ROMにま とめ、改めて皆様のお手許にお届けいたす次第。それまでは<狛犬便り> に毎月、アクセス。稲神さんの「版画版・狛犬ワールド」を存分にお楽 しみください。
「今から十数年前、昭和60年ごろから十二支の絵を栞描き、身近な人 に進呈していたが、希望者が多く一点一点描くのが苦痛になってきた。 そんな折、一点彫れば何枚もの栞になる版画制作を思いつき、独自に技 術を習得した。身につけてみると、一年に一度しか彫るチャンスのない 十二支が途端に色あせ、それに替わる題材がほしくなった。そこで以前、 旅行した折に撮った羽黒山権現(山形県)や武田神社(山梨県)の狛犬 写真を引っ張り出し、版画(A羽黒山権現、B武田神社)にしてみたが、 これが思いのほか面白く、行くところまで行き、後戻りでき なくなっちゃった」。 話しは続く。「動物商の獣医勤務を最後に、引退して始めたペットショッ プは、終日、座り切りの客待ち商売。足腰がすっかり萎え、なにかいい 運動はないか、と思案していた折、かつて手がけた狛犬版画を思い着く。 まずは近くの荻窪(杉並区)界隈の神社へ、こうして狛犬巡りのウオー キングと写真撮影が始まった。足は都内ばかりでなく地方にまで延び、 撮った狛犬300匹。版画した犬はその半分(2002年12月現在)。ま だ150匹もの狛犬が待ちわびているので、オチオチできない」。 東京では杉並・中野・新宿・文京・台東の5区。さらに三鷹・武蔵野・ 小金井・国立の4市の狛犬をほぼ制覇。人々の目を楽しませている。 年々、加わる新たなる版画予備軍。稲神さんの狛犬版画はエンドレスだ。
稲神 壽志 1930年生まれ。畜産大学で獣医資格を取得。卒業と共 に京都府の畜産組合に獣医として勤務。その後、寄生虫の 権威者が経営する病院で研究助手を務め、レントゲン技師 を兼務する。次いで、獣医として横浜・東京の動物商に勤 務。退職後、荻窪でペット店を経営。第一線を退いた3年 前から、狛犬の版画制作に専念。日本中に狛犬フリークは 大勢いらっしゃるが、狛犬版画に取り組んでいる方はこの 人、一人ではないかしらん。
平成十四年、四月半ばのある晴れた日。ポカポカ陽気に誘われて浅草橋 から扇稲荷、甚内稲荷、鳥越神社、広沢稲荷、浅草寺など十箇所の寺社を 巡った。浅草には何度も来ているが、これほど丹念に狛犬巡りをしたのは 初めてだ。浅草と言えば浅草寺。浅草寺といえば五重塔だが、この塔は慶 安元年(1648年)、三代将軍家光の寄進によるもので、本堂東側の弁天 山鐘楼の脇にある。塔は度重なる江戸の大火を免れ、明治四十四年には国 宝に指定されたが、残念なことに戦災で消失。戦後、昭和四十八年にコン クリート造りで再建された。塔の西側に鎮座する狛犬は新しく、平成にな って奉納されたものと思われる。唐風の狛犬(写真@、版画@)で、似た ものが近くの三島神社、新宿の北野神社にある。いかにも狛犬然として面 白味に欠けるが、新年にちなみ敢て威厳に満ちた狛犬を採り上げた。未刻 ではあるが、五重塔近くの恵比寿大黒天前にある小振りの狛犬の「吽(うん) 形」*ものは赤いエプロンを掛け、アゴを天に突き出して愛嬌たっぷり(写 真A)。思わず微笑んでしまった。
*狛犬は左右一対から成るが、向かって右側の口を 開けている犬が「阿(あ)形」。左側の口を結んで いるのが「吽(うん)形」という。左右一対で阿吽 の間を取って鎮座している。阿吽の一対はお寺の仁 王像を真似たものと思われる。息のあった関係を阿 吽の呼吸という。